オイラの日記 / 富山の掃除屋さんブログ

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過去ログを読み返していたら、思わず打ちたくなった。

保険会社に営業社員として採用されてから、オイラの貧乏生活に拍車が掛かった。
丁度この頃から独り暮らしを始め、自動車も買ったばかりで、
家賃3万円プラス車のローン5万円(60回払い)!

しかし、給料は歩合制なので常時一桁だった(涙)
単純計算で食費も出ない!オイラも愛車もいつもハラペコ状態だった。

先ずは手っ取り早く、以前に在籍していた外食チェーン店に「食えないんで」と、
バイトを申し込んだら即採用されたが、
数週間後、ここに偶然保険会社の上司が飲みにやってきた。。。。。
ボックス席で説教されること1時間・・・翌日会社でも説教されたのは言うまでもない(^^;;

そんなこともあってか、上司・先輩からはご飯を奢ってもらう機会が増えた(笑)

当時オイラ20歳、とにかく腹が減ってたのである(笑)
てなわけで、「やっぱ、食いモン屋さんでバイトしよう!」と、
市内随一の格式高いフランス料理店にウエイターとして採用された。
東証1部上場企業の肩書きと、過去のアルバイト歴が功を奏したのである。

繁華街のど真ん中にあったお店には、いろんなお客様がいらっしゃった。
出勤前の高級クラブ関係の方や、有名企業の接待関係、お医者様などと
いろんなお客様をもてなした。
というか、もてなすテクニックをお店の先輩から教えてもらったのだ。
テーブルマナーは勿論のこと、ワイン、シャンパンの知識。
簡単な外国語挨拶、料理についての説明。

一番印象に残っているのは、【コーヒーカップ】。
この店にはコース料理以外に、沢山の種類のコーヒーカップが用意されていた。
お客様のイメージを感じてお店の担当者が好きに選んで出していたのだが、これは結構楽しかった。
人に対してなんとなく色のイメージが湧くでしょ?
相手もそのイメージを服装とかで誇示しているので、「お客様素敵ですね」と気持ちを送るんです。
でも、言葉にはしませんよ、ウエイターはあくまでも黒子役ですから。

続く・・・・
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by ryushi7777 | 2006-02-06 01:25 | いろんな仕事 | Trackback | Comments(0)

水商売デビュー続編

仕事始めも雪下ろしだった(笑)
除雪ネタにもそろそろ飽きてきたんで、久々に【お仕事履歴シリーズ】でも語ろうかの。。。

水商売とは、一見華やかに見える世界だが、やっぱ華やかやった(笑)

この業界では仲間意識が強く、どこへ飲みにいっても何処そこの○○ちゃんで顔が効いた。
素敵なお姉さん・格好いい兄貴達に可愛がって貰い、オイラのファンクラブまで存在した。
ハッキリ言ってすごくモテた。
店に来る女性客から逆ナンパされることもしょっちゅうだった。

でも、水商売から足を洗う時が来た。。。理由は沢山あった・・・・

オイラは水商売で一生やっていくのか?オーナーになるのか?・・・・NO
当時の彼女に浮気された・・・・・「構ってくれんかったから」と・・・・・(涙*100)

昼の仕事がしたい!ネクタイして仕事がしたい!

オイラが交通事故を起こして困っていた時、契約していた保険会社の人がとてもよく面倒をみてくれた。
「なんて素晴らしい仕事なんやろ」と、思い。飛び込みで求職応募した。

富士火災海上保険株式会社!東証一部上場企業である。
業界下位クラスの規模だったが、この頃から「いつか一番に!」という根性が身に付いた。
応募資格は20歳以上だったが、オイラは「もう数ヶ月で20歳になります!」と懇願した。
かくして、支社長決済で業界最年少の保険マンが誕生した!!

続く・・・・・・
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by ryushi7777 | 2006-01-04 23:34 | いろんな仕事 | Trackback | Comments(0)

バイクの話

たまには、オイラのバイク歴について語ってみたいと思う。

今までに乗った(所有した)バイクの台数は、ハッキリいってよく覚えてないが、
初めて乗ったバイクと、初めて買った中古のバイクのことは今でも鮮明に覚えている。

で今回は、初めて手に入れた新車【HONDA XL250R】について語りたい。
ホンダ初の1本サス(プロリンク)採用車で、同期にはCBX400がある。

当時、学校で禁止されていたバイクの免許を取るために、高校3年生の時に内緒で教習所へ通っていたら
途中で親にバレて教習所へ横槍がはいった。しかし、
「あなたの息子さんは、暴走族になるような子供ではありませんから卒業させてやってください」
と、教習所の校長先生が親を説得してくれた。。。。

買ったばかりの新車XL250Rを親父に見せて、
「暴走族はこんなオフロードバイクに乗らんやろ」と安心させて、
毎晩、紺色の特攻服に身を包み、悪い仲間達と出撃した。。。
母親からは「お願いやから、その菊の紋章だけはヤメテ」と何度も懇願された(笑)

しかし、オイラにはもう一つの顔があった。
昼間になると、頭の先からつま先までオフロードウエアに身を包み、暇さえあれば河川敷を走りまくった。
転んで怪我をして帰ることもしょっちゅうで、遠出の際には母親から必ず【お守り】を持たされるようになった(笑)

転倒歴数知れず、水没歴4回、想い出の数は計り知れない。
オイラが17歳の時から連れ添った【エル子】は今でも大事に手元にあるよ。
今ではエンジンも載せ替えて、外装もパリダカ仕様に換装して、エンジンに火が入るのをずっと待っている。

現在の自動二輪部隊は総勢8台、XL250Rは右から2番目の赤いやつ↓(写ってないバイクもある)
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by ryushi7777 | 2005-12-19 23:49 | オイラの愛機 | Trackback | Comments(1)

ドラゴンへの道

某テレビ番組でサンタクロースの格好した【女子十二楽坊】が出演してたのを観て、
思いつきで投稿したい。(楽坊であってたっけ?)
皆スタイルもいいし可愛いし、知的やし耳障りのいい演奏もオイラは大好きや。

以前に勤めてた会社(製造業)が初めて中国人研修生を受け入れた時、
オイラは当時の社長のお供で富山空港まで迎えに行った。
初めて迎え入れた中国人女性、当時は日本人社員60数名中のたった一人だった。
この中で男性は社長以下、オイラ含めてわずか3名。。。

各企業が中国大陸に製造工場を求めていた後の話だったと記憶しているが、
「何で、中国人を入れる必要があるんですか?」と聞いてみたら、
製造コストをさげるため各メーカーが中国に工場を進出させているから
息の掛かった研修生を送り込む。。とのこと

しかし、経営陣は中国人研修生をまるで奴隷扱い。
そして、ベテラン日本人スタッフには
「お前ら、中国人の何倍もの給料とってるくせに!」と罵声浴びせた。

オイラ:「中国人研修生は3年で契約が終わるんですよ」
社長:「受け入れの枠を増やしたからエンドレスで入ってくる」

この間に日本人スタッフは9割辞めていった。。。。
そして中国人研修生~実習生達も年季奉公を終えて次々と帰国していった、
中には脱走する者もいたが。。

富山空港まで彼女達を送迎するのもオイラの仕事だった。
車中で「また、日本で仕事しますか?」との問に彼女達は皆、首を横に振った。。。

「資金出す、人員出す、仕事出すから独立しろ」
と言われてたオイラはこの会社を後にする決意をした。
実はオイラも3年の期間限定契約だったのだ。。。。。
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by ryushi7777 | 2005-12-15 22:15 | いろんな仕事 | Trackback | Comments(1)

水商売デビュー

看板屋さんを辞めて数日経った頃、親戚と名乗る見知らぬオッサンから声を掛けられた。
オイラがプー太郎になったことを両親から聞き出したらしい。。。

翌日からこのオッサンのことを、【おやっさん】と呼ぶようになった。オイラ18歳の時だった。
地元では有名な外食チェーン店オーナーだった。社会保険証と厚生年金手帳を初めて手にした。

夜の仕事に少し抵抗があったオイラが提示した条件は、
①日曜日は休みたい
②夜は人並みに遊びたい
というワガママな条件だったが、意外とすんなり認められた。

俗に言う「仕込み担当」で、皆から敬遠される仕事だった(笑)
昼1時に出勤して夕方4時半の開店までの準備を1人でこなし、夜9時までカウンターで接客するのだが、これが毎日とても楽しかった。(炭火に興味を持ったのはこの頃だった)

先ずは、オーナー直々に掃除を徹底的に仕込まれた。
「お前が客でここに座ったら、ここの汚れが気にならないか?」
その他、もてなしの心得も学んだ。

毎日が楽しくてしょうがない仕事だったが、思うとこあって丁度1年目で依願退職した。。。。続く
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by ryushi7777 | 2005-12-11 17:52 | いろんな仕事 | Trackback | Comments(0)
高校1年生の後半頃だったと思う。
当時オイラの家は商売をやっていて、出入りの看板屋さんの仕事にとても興味を持った。

この看板屋さんであらゆることを学んだ。
ここで便利屋としての基礎を得たといっても過言ではない!

ペンキ塗りは勿論、基礎工事から溶接、電気工事、アクリル加工、クロス貼りと何でも覚えた。
レッカー工事の玉掛けからトラックの運転も学んだ。
オイラの得意技はカッティングシート加工と、スクリーン印刷の原版作りだった。

休憩時にビールを飲む習慣がついたのもこの頃で、
毎週末は繁華街へよく連れて行ってもらった(笑)

やがて、高校3年生になった頃からは営業から集金まで任されるようになり、
ついには卒業後、この看板屋さんに正社員として迎えられたが、半年後に退職した。。。

自動車を乗り回すようになり、遊びたい盛りのオイラには休日が取れないことがガマンできなかったのだ。。。

※日の出の勢いで急成長した後、この会社は数年前に倒産した・・・・

続く
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by ryushi7777 | 2005-12-11 16:09 | いろんな仕事 | Trackback | Comments(0)
高校生の頃、喫茶店とかのバイトに憧れたころがあった。
なんとなく水商売って大人っぽくて格好いいと思ったからだ。

片っ端から「バイトいりませんか?」と電話を掛け捲ったことがあるが、
面接でことごとく断られた。。。。
当時は世の中を舐めきったような風体で、サービス業に着くにはいささか無理があったのだ(爆)

しかし、悪友の紹介で2日間だけ結婚式場のバイトにありつくことができた。
オイラに与えられた仕事は厨房で【尾頭付きの鯛】の下準備だった・・・
生魚が苦手なオイラには非常にキツイ仕事だった。おまけに量もハンパじゃない!!
また、板前さんとかの世界では上下関係がとても厳しく、
口答えでもしようものなら遠慮なく皿やら包丁が空を飛んできたが、
賄いの食事時は楽しかったなぁ。
※当時このバイト紹介してくれた悪友は、現在某ホテルで総料理長として活躍している。

その後も、「結婚式場の○○でバイトしたことあります」という経歴で
今度は中華料理店でのバイトにありついた。
専ら皿洗いだったが、この経験が後に役立つことに・・・・
※このバイトを紹介してくれた悪友もプロの料理人として活躍してるらしい。

続く。
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by ryushi7777 | 2005-12-11 15:30 | いろんな仕事 | Trackback | Comments(0)
先日、とあるお客様宅で電気コンセントの修理をしていたら、
「ホントに器用やね、どこで覚えたが?」と質問された。

普段は「東京の便利屋研修センターでみっちりと習ってきたんですよ」と答えているが、
思いつきでオイラの職歴について語りたい。
無論、便利屋研修が確固としているのは言うまでもない(感謝)

初めてアルバイトをしたのは高校1年生の時だった。
悪友から誘われて、石油ストーブの清掃仕事をやってみた。

公立の小学校・中学校で使うストーブを夏休み中にメンテする作業だった、
ここの親方はMさんといって、思春期のオイラ達には色んな面で師匠的な存在だった。
Mさんとこの電話番号が【○○ー9696】だったので、
アデランスから「電話番号を売ってください」と、よく交渉された話を今でもよく覚えている(笑)

でも、1台20kg近くある石油ストーブを毎日数10台持ち上げての作業はとても堪えた。
結局、腰をやられて僅か1シーズンでリタイヤした・・・
腰痛は高校卒業後までオイラを苦しめた。。。

続く・・・・
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by ryushi7777 | 2005-12-02 20:39 | いろんな仕事 | Trackback | Comments(0)

オイラのアルコール物語

タイトルは、オイラの大好きなサザンの名曲「チャコの海岸物語」をヒネってみた。

酒を旨いと思ったのは高校生の頃だったと思う。
両親も酒好きだったので、我が家にはビール・日本酒・ウイスキーは常備されていたのである。
夏場辺りには学校から帰ってくるなり、冷えた缶ビールをグイっと飲み干してからアルバイトに出掛けるのが日課だった。。。

オイラは某工業高校の化学科だった。大好きだった担任の先生から常々、
「いいかーオマエら、メチルアルコールは【目散る】と覚えろ!エチルは飲んでいいぞー
お湯割にしてグリセリンを混ぜて飲むと旨いぞー!エチルだぞ!絶対に間違えるなー!」

その後、化学実習室から大量のエチルアルコールとグリセリンが無くなった話はオフレコだ(笑)
(この尊敬する先生は、現在も某県立高校の校長として活躍なさっている)

あら、思い出話に花が咲いてしまったよ(^^;;

オイラの好みは基本的にビールだな、やっぱ。
腹が膨れるとウイスキー(モルト系)にシフト。

しかし、発泡酒ブームからはアサヒの青ラベルを愛飲。
ウイスキーは角瓶がお気に入りだった。
でも最近は韓国焼酎がお気に入り!4リッターペットボトルを買えば値段をきにすることなく1週間は楽しめるのだ。

逆に苦手なのは、日本酒・ブランデー・リキュール・バーボン・ワイン。
要は甘たっるいのが苦手なのだ。

と、今宵も韓国焼酎と、富山の美味しい水道水割でご満悦のオイラでした(^0^)ゞ
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by ryushi7777 | 2005-11-02 21:26 | 思いつきネタ | Trackback | Comments(2)

やっぱ暗いのイヤ

ランタンのレス打ってたら思い出したよ。
オイラがまだ10代の時、バイク仲間数人と深夜徘徊してたとき急に連れが「クソしたい・・」と訴えた。
コンビニなんて全く存在しない頃の話だ。

で、最寄のJR伏木駅に駆け込んだ。
深夜だったので駅は真っ暗で、オマケにトイレも汲み取り式だった。
普段はブイブイいわせる気丈な連れも「真っ暗じゃ怖いよー!落ちたらやだよー」と訴えた。

そこでオイラは公衆便所の中にバイクを入れてライトで照らしてあげた。
「ドドドドドドドドッ」と排気音が便所にコダマする。
そしたら背後から幻想的な赤い照明が点滅し始めた??

パトカーでした。。。。
オイラは事情を説明した。「おまわりさんかてこんな暗いとこでウンコすんのイヤやろ?」
おまわりさん:「そうやなー、じゃ早く済まして帰れよ」とお咎めなし(笑)

スッキリした一行は、また深夜の町を暴走した。。。。


そういえば、この頃はよくパトカーの後部座席に座らせてもらったっけ(笑)
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by ryushi7777 | 2005-10-24 22:47 | 思いつきネタ | Trackback | Comments(0)

富山県高岡市で活動する掃除屋の一人親方が綴る思いつき日記です。こんなオイラに仕事を頼んでみたい人は、下記相互リンク内にあるワールドサービスのHPをご覧ください♪


by ryushi7777