オイラの日記 / 富山の掃除屋さんブログ

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京都のかっちゃんの話

場所的に一番遠い空室現場が、想定外にサクサクと済んでしまったんで、
帰路はたまにも気分を変えて、海岸通りのコースをノンビリと流してきたよ。

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ちょうどお祭りシーズンということで、威勢の良い光景に遭遇した。
富山では曳山祭りとかが各地で結構多いんですな。

んで、このお祭り風景を見てフト急に、
京都のかっちゃん(♂)の事を思い出したんで、そのログを残しておこう。

俺が二十歳前後くらいの時の昔話。。。。。(遠い目)

当時俺が住んでいた実家は、駅前通りの商店街で店をやってて、
お祭りともなると露天商がひしめき並んだりと、かなりの人出で賑やかやった。

確か、七夕祭りの時やったと思う。
仕事を終えて帰宅すると、実家のお店の前には、

下品に改造された京都ナンバーのポルシェが2台、
迷惑駐車ヨロシクで無意味にエンジン空吹かししてて、

その傍らでは、金髪くるくるパーマのいかにも頭弱そうなネーチャン2人が、
ウンコ座りでキャッキャと花火をしてた・・・・・・((((;゚Д゚))))

どっこのキチガイやぁ??・・・・・・

そしたら、「おーい、リュウシ君ぅん~ヽ(・∀・)ノ」と、
とっても危なそうな兄ちゃん三人組の一人が、俺に声を掛けて来るではないか・・・・・((((;゚Д゚))))

一瞬その場から逃げようかとも思った。
店の前では親父がとても不機嫌そうな顔しで連中と俺をを睨んるし・・・・・((((;゚Д゚))))

お父さんごめんなさい、僕の友達なんです・・・・・orz



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そのイメージがこんな感じ(笑)
この世界チャンピョンを、ちょっとヘビー級にしたような感じ(笑)

「えっ!!かっちゃんなん??何でここに居るの??」Σ(゚д゚;)

当時は携帯電話も無かった時代で、地元の京都出身友達を頼って遊びにきたんやけど、
連絡が取れなくて困って、俺の家の前で待ち伏せしてたらしい(^^:

んでとりあえず、「かっちゃん、女の子に花火止めさせてくれんかなぁ、近所迷惑やし」(^^:
そしたら、「あーリュウシ君ゴメンなゴメンな!」と、意外と素直に聞いてくれた。(^^:

かっちゃんは当時の京都では結構有名やった暴走族の元リーダーだそうで
かなりユニークな人物やった。連れもユニークな人ばかり(笑)

自分との接点はというと、それ以前に彼の友達と一緒に、
彼を訪ねて京都までドライブしに行ったのが仲良くなったキッカケやった。

爆音仕様のジェミニに乗ってた頃の話なんやけど、
京都の街をかっちゃんのケツに付いて爆走した後に、
夜景を見ようと、とある山の方へ数台連ねて走った時、
リーダー格のかっちゃんが俺にこう言った。

「あのなぁリュウシ君、ここはなぁ、大阪のヤンキー共もよく来てしょっちゅうカチ合うん場所なんやわぁ。」
「木刀とか積んで来とる??」と、笑顔でヌカスかっちゃん・・・・・

そんとき自分は助手席に女の子を乗っけてたんで、
「あーうんうん、全然平気平気!」と虚勢を張ってたけど、

実は非常に怖い思いをしたビビリ小心者やったりする(^^: 
まぁ、あの時は何事もなく樂しい京都を楽しんできたけど。。。。(*´ỏ`*)


で話戻って、件の高岡七夕祭りの後、
やかましいポルシェ2台はホテル駐車場へ移して、皆で樂しい宴会で大いに盛り上がった。

その翌日は石川県の千里浜へ行きたいというリクエストで俺が道案内して、
男女6名をツーシーターの3台に分乗して海水浴やらBBQを目いっぱい楽しんで、
金沢西インターまで誘導してバイバイした(*^-^*)ノ~~マタネー

あれから30年ちょい経過したけど、
ユニークなかっちゃんと、その仲間達は今どうしてるんやろう?ヾ(´▽`)

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by ryushi7777 | 2015-05-16 20:04 | 思いつきネタ | Trackback | Comments(0)

火力発電所での想い出

今日の現場の近くには発電所の大きな煙突が二本そびえ立ってて、
自分でもお気に入り景観スポットの一つ。

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一つの煙突は一般家庭向け用の発電所で、
その隣の煙突は、港に隣接してる巨大工場群など向けの共同発電所。
富山にはアルミ工場とかが沢山あるんですな。

娘が産まれたばかりの頃に、少しでも安定収入が欲しくて就活してたら、
金沢に本社があるプレパブメーカーから声が掛かって、そのまんま就職した。
いわゆるバブルと呼ばれた時代やったかも(^^:

俺の仕事内容はというと、工事現場でよく見かける仮設の現場事務所用のプレハブの、
リース・レンタルが主力で、
現場事務所に必要な机や暖房器具などなどの手配に関わる営業職で、
悪くいうとただの現場廻りの御用聞きやった。。。。

でも、ある時たまたま事務所で電話番してたら、
【北陸電力】を名乗る某企業から電話が掛かってきて、
「んじゃ、直ぐにお伺いしますね♪」みたいなノリで早速行ってきた訳。

この時初めて発電所の施設内に立ち入って、あまりの広大に圧巻された。
まだ携帯電話も普及してない時代なんで、
守衛室から担当者のいるとこまでたどり着くのも結構大変やった(遠い目)

新規取引ながら、親方が電力会社なんで、
よくやった!!と、会社からボーナスが出た(笑)

初めて県外出張を任されたのもそれが契機で、
資機材の手配、レッカーの手配、建方職人の宿泊先手配まで全部やった。

北陸三県に支店・営業所を持ってた会社やったけど、
あくまでも自己採算性で、同じ会社同士だからといってなんでもタダではない事を初めて知った。

でもそのやり取りが面白くてたまらんかった。
営業に必要な燃料費・高速代も全部会社持ちで、諸経費も全部会社持ちなんで、
自分といえば一服の時間に自腹で缶コーヒーを職人に差し入れするとか、
女性事務員に自腹でお茶菓子の差し入れとかで便宜図ってもらうのが結構楽しかった。

今ではどうか知らんけど、当時では年に二回の定期修理と呼ばれるメンテナンスがあって、
その度に全国各地からその道の職人が大勢集まってきて、発電所の整備をする訳。

年に二回ならその度に現場事務所を建てたり解体したりと無駄なことせんと、
ちゃんとした職人用の宿泊施設を一角に建てればどうなんかな?
って思ったりもしたけど、やっぱ民間にお金が廻る事を第一に意識してるんやろね。

あーあ、あの頃にもうちょっと知恵が働いてたら、、、、、
でもまぁ、そんな運命やったんやろな(笑)

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by ryushi7777 | 2015-02-17 15:56 | いろんな仕事 | Trackback | Comments(0)
マニア次長殿の八甲田山ネタで思い出したので、
ログ残しておきますね。

昔、女子供を排除する目的で発足した「焚火会」というのがありまして、
冨山県でも秘境と云われる場所で氷点下キャンプ会を実施した時の話。

大型シェルター内に薪ストーブ又は石油ストーブを装備して、
煙突まで立ててる優雅なキャンプを愉しむ向きもあるけど、
やっぱ自分としては、氷点下は氷点下で我慢会みたいなイメージが強い。

昭和57年式の三菱スタリオンに、初期型ゴリラ(サンヨー製カーナビ)を積んで、
地元の仲間と現地集合で、仕事帰りに雪深いとこへ走っていった時の話。

そんときのお題が、【氷点下で天ぷらを食べる】やったんやけど、
メンバー全員が持ち込んだのは何故か餃子ばっかやった(笑)

なんかイメージ的にはワカサギの天ぷらかな~と思ってスーパーへ探しにいってみたけど見つからず、
結局は【揚げギョーザ会】になってしもたけど、それはそれで結構楽しかった。(笑)

この時に分かったことは、
プリムスの緑OD缶ガスじゃないと全く役に立たなかった事と、
雰囲気作りのためだと思ってた、小型焚き火台の炭火が実戦向きだと思った事。
安物のビニール製椅子は凍って簡単に割れる事。

サラダ油はマイナス10度では普通に凍って固まる事を知って皆で笑う。
缶ビールも凍って飲めないんで、酒を燗して飲んでたと思う。
氷点下で喫うタバコはメンソールみたいで格別に旨い事。

タープも張らずに満天の元で、幸い雪は降ってなかったけど、
積雪はゆうに背丈を超えていた。

その時は各自4輪での参加やったけど、
ゲリラキャンプ会的なこともあったんで各自車中泊で、
俺はスタリオンのリアシートを畳んで、ハッチバックの窓にプチプチシートを貼って、

3シーズン用のシュラフを二重に身を丸くして、
自分の吐く息で暖を取りながら寝ようとするが、寒くて寝れない(^^:

その気になればエンジン掛けてヒーター使うこともできるんやけど、
それやると【ヘタレ】扱いされるんで、妙な意地で中々できないんですな(笑)
結局は我慢会なわけ(笑)

でもただ凍えそうな思いして帰ってくる訳でもなく、
ちゃんとした温泉施設の駐車場で野営というか宴会場にしてたんで、
翌朝はとっとと宴会場を撤収して何食わぬ顔してメンバーで温泉浸かりに行ったら、、、、、

どうもそれが早朝パトロールに来てた施設支配人にバレてたようで、
全員平身低頭・・・・orz

「当施設内で事故とか起こしてもらうとこっちも困りますし」
「せめて一言事前に言って貰えれば・・・・」と、結構キツク叱られました。。。orz

まあその後はメンバーと気を取り直して、
あったかい温泉でもう一回皆ではしゃいで、
帰りしなにもう一回はしゃいでから帰ってきたような覚えがある。

あれを今一度単騎、1人でやれと云われたら俺には絶対無理!!
ただでさえ淋しがり屋なんに、もし1人で冬の八甲田山へ行けと云われたら、
それは断固拒否する。 コタツの豚と呼ばれてもいい。

また八ヶ岳連邦で大学山岳部の雪山遭難事故があったけど、
同じような年代の子を持つ親の立場としては、泣くに泣かれん。
危険な場所には行って欲しくないのが本音。。。。。

何故山に登るのか?

「そこに山があるからだ!」
という有名な台詞があるが、
あれは、記者の問いに面倒くさくて咄嗟に出た言葉として有名。

雪道の運転でヒヤッとしたり、
苔のむした山道をバイクで走って滑ってチビって怖いと思うのは、決して恥ではないと思う。

いくつかの武勇伝を残してきたんやから、
もうそれでいいやん。後は安全な場所でもいいやん。

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by ryushi7777 | 2015-02-12 02:44 | バイクツーリング・キャンプ | Trackback | Comments(2)
あー、これも思い出したら放っておけば良かったと思う出先トラブル。

街灯もない寂しい峠道で、
何げにオッサンの車が側溝にハマる瞬間を目撃してしまったんで、
「大丈夫ですか?手伝いましょうか?」と、つい声を掛けてしまう馬鹿な役回り一名。

「あ、大丈夫です!」と意地を張ってんのか自虐モードに入ってんのか知らんけど、
頑なに俺の救援を辞退するオッサン。(なんかヤバイもんでも積んでるんか?w)

そんとき乗ってた愛車はクラウンエステートワゴンで、
また何故か工具類と牽引ロープも標準装備してた(笑)

やがて脱輪したオッサンは自力脱出に観念したようで、
俺に引っ張ってくれと頼んできた。

で、無事にリカバリーしたとこでこのオッサンも、
「ありがとう」の言葉もなく去って行った。。。。。

「また落ちろ!!」と正直その時そう思った。


あーまだ思い出したわ!標高3000メートル地点のキャンプで、
ガソリンが無いからとバイクに乗ってる自分らに懇願してきたオッサン。

「ガソリン分けてあげてもいいけどホースとか持ってんの?」

え!無いの、、、、知らんがな(呆れ)


仲間内とか、知らないでも女性・子供・老人の救援なら尽力するけど、
無装備で礼儀知らずなのとは、もうあんまし関わりたくないかなぁ(^^:


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by ryushi7777 | 2014-09-20 01:42 | 思いつきネタ | Trackback | Comments(2)

車での出先トラブル考

バイク用バッテリーネタを打ったついで思い出したんで、
もう一発打っておこう。

今ほど自動車がノートラブルじゃなかった時代の話なんやけど、
当時乗ってた愛車CR-Xに乗り込もうとしたら、
憐れむような面持ちで「バッテリーが上がりまして・・・・」と、

アイスバーンで雪が降ってるシチュエーションでオッサンから懇願される。。
「バッテリー繋いであげるのはいいけど、ケーブル持ってるの?」

オッサン:「いいえ、無いんです・・」

女の子にならナンボでも助けてあげるんやけど、
何が悲しゅうてオッサンの車と愛機CR-Xをキッスさせなあかんの?

てか、ブースターケーブルくらい常備しとけよヽ(`Д´)ノ

俺なんか昔バッテリー上がりして、
交番行ってお巡りさんにお願いしたことあるぞ(自慢にならんが)

んでそのオッサンの車にバッテリー繋いでエンジン掛かったんやけど、
「ありがとう」の言葉も無しにオッサンはその場から去っていった・・・・・・

普通、知らん人に迷惑掛けたらお礼の一つもせんか?
「少ないけどこれでタバコでも買って!」とか?

いや別に見返りは期待しとらんけど、
せめて「ありがとう」くらいは言って欲しかったな。

ブースターケーブルや牽引ロープは自分の為に常備してあるんであって、
不躾なオッサンの為に積んでるんじゃない!

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by ryushi7777 | 2014-09-20 00:53 | 思いつきネタ | Trackback | Comments(2)

北海道の想い出(長文)

北海道のネタは多分今までログしてなかったと思うので、
忘れんうちに回想録としておこう。

初めての北海道は、かなり幼かった頃、
札幌に住んでる叔母さん家へ遊びに行くのに、
今は亡き祖父ちゃんと祖母ちゃんに連れられて青函連絡船に乗って、
サッポロ雪まつりを観に行った記憶はあるんやけど、古い話なんでかなりモノクロ化してる。

それから長い歳月が過ぎてバイクに乗るようになると、
ライダーの聖地と云われる北の大地を意識するが、
サラリーマンにはそう中々簡単に行けるもんではなかった。

が、2000年位の頃から何度も北海道へ行く機会に恵まれた!
当時奉公してた会社の社長と会長が、勝てない馬ばかり数頭も所有してる馬主やった事と、
自分の叔母さん(親父の姉)夫婦が静内でサラブレッドの牧場経営してることもあって、
お馬さん見学ツアーに数回同行させてもらっていたのだ。勿論飛行機でやけど。

この頃既に大型免許とアフリカツインも所有してたんで、
いつかはバイクで北の大地を走ってみたいという願望は更に強くなった頃、
思いがけない時にそのチャンスは巡ってきた。

2003年の夏の終わり頃やったと思うけど、
諸事情で突然会社を卒業することになった。30代最後の時やった。。。。

無職になってこの先どうしようかと思案して閃いたのが、便利屋のFC店加盟やった。
速攻でこの契約を進めて銀行融資の話もトントン拍子に運んだ際に、
【融資の審査に10日ほど掛かる】と言われたんで、
その間に夢の北海道ツーリングをしてやろうと企んだわけである。

今思うと、家族もいるのにどんだけアホなことばっかやってきたかと、
半ば反省しながらこのブログを打ってる次第でございますm(--)m

で、一応テントは積んだけど行き当たりバッタリ的にアフリカツインに跨って北を目指す!
2003年の秋頃の話やったと思う。

目的地まで星間航行モードで一気に走るのが好きなので、
ひたすら高速道路ばっか走るんやけど、
富山からフェリーのある青森まで行くには一度太平洋側に出ないといけないことを、
この時初めて知った(笑)

福島県を走っていた頃に、
XL250Rを預けていたバイク屋さんからメールが来たことも覚えてる。
エンジン腰上換装したのもこの時やったんやな~(遠い目)

あの後ずっと雨にやられて、どこか宿を見つけねばと、
高速道路SAの案内所に置いてあった【旅籠屋】という全国チェーンのホテルへ電話して無事予約ゲット!
とっても広いツインルームの部屋で価格もとってもリーズナブルで、
こんな料金で泊らせてもらっていいのか?と恐縮するくらい良いホテルやった。

バイクだと盗難の心配もあるでしょう!?と
わざわざ人目につかないとこに駐輪させて頂いて、
その後は地元名物のナマズ料理をだしてくれるお店で一杯やった。

仙台の牛タンも魅力的やったけど、
とにかく距離を進めるために堪えて走った山形県での一泊目。
これが後にも先にも一日で800KM走破の記念日であった。。。。

翌朝も雨にやられながら、フェリーの出る青森港をひたすら目指すが、
準備不足でアフリカツインのリアタイヤがもうズベズベで雨だとかなり怖い状態やったんで、
北海道にあるレッドバロンへ「何でもいいから17インチのタイヤが欲しい」と連絡するが、
どこのお店も在庫無しといことで結局そのまんま走って帰ってきた(^^:

一部で不評のレッドバロンなんやけど、
自分は会員サポートの恩恵を何度も受けてるんで個人的は大好きです。
なので、フロンフォークに貼った赤男爵のステッカーは今でも大切にしてます。

この時代は丁度メル友が流行っていた頃でして、
札幌在住のメル友がいたんですな。
アサミちゃんといって、元ススキノのクラブホステスさんで、
かなりゴージャスな女性でした。

彼女とは前出したお馬さんツアーの時に千歳空港で少しだけ会ったことあるんやけど、
この時の北海道ツーリングで、「札幌でまた会いましょう♪」と前日までメールのやり取りしてたのに、
「函館行きのフェリーへ乗ったよ」の送信を最期に、それからプッツリと音信は途絶えた・・・・

年賀状のやりとりするオープンな間柄やったんで、
何でかなぁ?彼女なりのケジメやったんかなぁ?とちょっと切ない気分で函館へ上陸(´;ω;`)

100万ドルの夜景を是非見ておきたいと思い、
函館山のロープウエイへ向かうが生憎と営業時間を過ぎていた(T-T)

で、人生一度は体験してみたいと思ってたライダーズハウスへ向かってみたら、
イメージしてたのと全然違う佇まいに自分にゃ無理だと直感した(^^:

と、急遽駅前のビジネスホテルで寝床を確保してから、
駅前の屋台で地元常連客に絡んで貰って一杯やった。
やっぱ話相手いると嬉しいんですな(*´∀`*)

翌日はアフリカツインに跨って函館市内観光へ♪
五稜郭を見下ろせる五稜郭タワー展望台席でイカの刺身に舌鼓を打つ。
歩くのが面倒くさいんで、殆どバイクに乗ったまんまの記念撮影(笑)

で、札幌美女とシッポリという企みは儚く消えたんで、(笑)
次の目的地である静内の叔母さん宅へサプライズ襲撃のために何度も電話するが全然出ない??

何処のコースを走ったんやか記憶は定かではないが、
羊蹄山(?)という大きくてなだらかな斜面の山を眺めつつ、
あの斜面やったらバイクで登れるんやなかろうか?
とアホな事考えながら走ってると、

国道から普通に見えるとこにクマがいたり鹿がいたりキタキツネがいたりと、
改めて北海道に来たんや~としみじみ思ってみたりした。

何度電話しても出ない静内の叔母さん宅へ勝手に向かっているんやけど、
晩飯時にめがけて行ったら申し訳ないと思いガラガラの高速道路に乗ってひたすらアクセルを開けるが、
予想してた時間をどんだけ経っても一向に着く気配が無い!

ツーリングマップルの本州版と北海道版とでは縮尺が全然違うことにここで気付く(アホ)
いや、ホンマ北海道はデッカイドーです。
かなりのスピード出してたのに全然距離が縮まらないんです。

結局、静内の叔母さん宅には予告なしの迷惑サプライズ到着してしまったんやけど、
珍しいヤツが来たと暖かく歓迎された(^^:

その日は近くにある町営静内温泉の敷地内にあるキャンプ場に、
当時所属していた辺境探検隊というML仲間がテント泊で長期滞在してるとの情報を掴んでいたんで、
夜中に伯父さんの車を借りて襲撃しにいった(笑)

何の集まりかは忘れたけど、女性二人を含む5~6人くらいのキャンプに混ぜて貰って、
その日は見ず知らず同士(ML仲間でも初対面)で夜宴で盛り上がり、
その翌日は彼がバイトしてる牧場で乗馬体験させてもらったよ♪
初めて乗ったお馬さん、あの感激は忘れられんなぁ~。

そういえば北海道にはもう一人のアサミちゃんがいまして、
彼女と初めて会ったのは静内の伯父さんに連れて行って貰ったスナックでの事やった。
彼女は伯父さんの姪っ子で、自分は叔母さんの甥っ子なんで、
「わー!いとこ同士なんやねー!と仲良くカラオケでデュエットしてたんに、

あれから暫く経って北海道へ来た時に、
従姉妹のアサミちゃんが交通事故で亡くなったと聞いて号泣した。。。。。。
自衛隊の高射砲演習場のある見通しの良いT字路で、
バイクから降りて合掌した。

その日は叔母さん宅をベースにさせて貰って、
アフリカツインの装備を外して襟裳岬へ行ってみた。

森進一の名曲【襟裳岬】がエンドレスで流れる観光地の定食屋で、
つぶ貝だったかホッキ貝の刺身を堪能しつつ、
次は話のネタにと納沙布岬への行軍を企んでいた時に悲報が届いた。。。。

10日ほど掛かると言われていた銀行融資の件が通ったとのことで、
担当者氏:「早いほうがいいだろうと思って審査を急がせたんですよww」
「つきましては、いついっかの何時に契約しに来てくださいね」と・・・・

一瞬、「今遠方にいるので日をずらせてもらえませんか?」
と言い掛かったけど、「はい分かりました。ありがとうございます」と返す小市民(;´Д`)

てなわけで急遽、室蘭からのフェリーを手配して、
結局3泊しか出来んかった北海道を後にすることになった。

でも旅はいいやね。
フェリーの乗船待ちしてる間に仲良くなった長野のアフリカツイン乗り氏と、
長岡のセロー乗りの女の子と3人で、船内で夜通し酒飲んで語り合ったのは良い想い出の一コマ。

室蘭発、秋田経由で降りたのは新潟港。
そこから一路70kmほど離れた長岡市へ向かった。

もうひとりのメル友に会う為に。

行き当たりバッタリで選んだビジネスホテルは、バイクのセキュリティが保証出来ないとのことで、
この日はメル友の職場のガレージで大切な愛機アフリカツインを保管してもらい、
その後は初めて会ったメル友と夜遅くまで酒を酌み交わした。

静内の叔母さんから頂いたお土産の自家製イクラは、
保冷剤にこそ入れていたものの、長時間バイクに積みっぱなしやったんで、
白濁してかなり怪しい状態になっていたけど、
メル友はそれをとっても嬉しそうに受け取ってくれた(^^:

このメル友こそ、現在私が所属してるXLOC入会のキッカケになった張本人でして、
ヤフオクでXL250Rのパーツ出品者、落札者という関係から今に至っている。
昔は今と違ってやりとりは直メールが基本やったんで、
信頼関係だけで成り立ってる良い時代やったと思う。今もね♪


実はこのあともドラマチックな出来事があった。
泊めて貰ったお礼にと、静内の伯父さん宅へ富山名産のお菓子を送ったの。

丁度不幸にも大地震に見舞われて、
家財がめちゃくちゃな状況になって呆然としてた時にタイミング良く、
自分が送った甘いお菓子が宅急便で届いて、「それ食べたら元気出たよ!」
「ありがとうリュウちゃん!」、って電話貰った時、また泣いた。

この頃はまだブログやってなかった時で、
デジカメで撮り貯めた画像も旧ノートPCに埋もれて起動不能状態 orz

その気になればデータ復旧も出来るんやけど、
想い出はモノクロからセピアカラーへと、
リアルなカラーデジタル画像より、想い出は想い出として、
頭の片隅でいいから残っていてくれたらそれでいい。


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by ryushi7777 | 2014-06-24 16:58 | バイクツーリング・キャンプ | Trackback | Comments(8)

マーちゃんの話

バイクショップへ頻繁に通いつめてた頃の話なんやけど、
そこのお店でマーちゃんと知り合った。

多分オイラよかひとつかふたつくらい年上やったと思う。

ええ年こいて冴えない独身男で、同性から見てもどんくさい感じのマーちゃんは、
亡くなった両親の遺産で食ってる風で、バイクも沢山持ってて、車など結構派手にやってた感があって、
特定な仕事はしてなかったみたい。

マニアックな趣味を持つ人懐っこい性格のマーちゃんは、
当時オイラがやってたアマチュア無線もやってて、何度かモービルしたこともあったっけ。。。

そんなマーちゃんはバイト帰りの雪道を自慢のロードスターで帰宅する途中、
他のアマチュア無線仲間(共通のバイク仲間)と喋ってた時に、

対向車線の大型トレーラーが雪でスリップして、
マーちゃんは即死状態やったらしい。。。。。

葬儀で会ったその時のモービル無線相手は、
断末魔の声を聞かなくてよかった、、、、と大粒の涙をこぼしてた。

頭の半分が吹き飛んだマーちゃんの亡骸は、
詰め物でキレイに修復されていて、意外ときれいな眠り顔やった。

親兄弟もなく、葬儀も寂しいんじゃないかと思って、
バイク仲間達と打ち合わせして大勢で押しかけたけど、

思ってたより大勢の参列者がきてたんで、
マーちゃんは結構周りの人に愛されてたんやな、と思ったよ。

でも誰かが言ってた、
このタイミングで仏様になって良かったのかも・・・・と。

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by ryushi7777 | 2013-12-15 15:03 | 思いつきネタ | Trackback | Comments(4)

K君の話

レンタルで借りてきたアイアンマン3をボーっと観ながら、
ふと中学生時代に一緒やった、剣道部のK君のことを思い出した。

スタイル的にはドラえもんキャラのスネ夫やったけど、
性格的にはアニメ版のジャイアン的キャラで、悪く言うと俺様的なイジメっ子やった。

いつも子分的ないじめられっ子を従えていて、
オイラもそのグループに巻き込まれた感じやった。否応が無しに。

中学生当時のオイラは校則で坊主頭やったんで、
街に出掛ける時は帽子(キャップ)を被ってたんやけど、

K君らと電車に乗って(当時は汽車と呼んでいた頃)映画を観に行った時、
K君はオイラのお気に入りの赤いキャップを、車窓から捨てた。

冗談の弾みでの事故ならまだ許せたけど、
K君はまったく悪びれる様子もなかった。。。。

初めて殺意を覚えた中学一年生のオイラやった。

だけど剣道の腕ではK君にはとても適わなかった。

あれからお互い別の高校に通うようになって、
とある別の学園祭で偶然K君と遭遇したんやけど、
あの頃はオイラもバリバリのヤンキーもどきやったんで、一歩も引かんかった。


それからわずか数年後、K君は交通事故で亡くなった。
まだ10代やった。

こいつは絶対にいい死に方せんやろな!
と思ってたんやけど、遺影を目の当たりにすると自然と手を合わせてる自分がいた。

嫌な奴やったけど、相手が仏さんになったら、ただ仏壇に手を合わせるしかないやん。。。。。


逝くのが早過ぎたな。

もし今頃再会していたら、「あの頃は色々あったけど楽しかったな!?」
と、笑い話で済んでいたかも知れんのに。。。。。

でもまぁ、まだオイラの心の中に残ってるだけ有り難く思えや!

K君。

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by ryushi7777 | 2013-11-03 23:18 | 思いつきネタ | Trackback | Comments(0)
最近ツイッターなどで、常識では考えられない行動を投稿されて、
閉店を余儀なくされたニュースを見る度に日本人として心が痛む。

お題の王将片町店の話なんやけど、
地元の知り合いからそのいきさつを聞くことができた。

学生とかじゃなくて、立派な社会人が、
何かの企業?イベントPRの為に店内撮影を事前に了解を取っていたらしいのだが、

いざ現場で決行しようとしたら「本部に伝わっていない」と突然拒否されたのに、
店員の静止を強行突破して全裸写真を撮影したそうな。

いい大人が集団で、何バカなことやってんだか・・・・
この事件のせいで王将片町店は閉鎖に追い込まれた。
損害賠償を請求されて当然やろね!


もう数年前の話なんやけど、このお店の近くで深夜作業したことがあった。

片町といえば北陸随一の繁華街で、平日でも人通りが半端ないのに、
大晦日近くの夜間に、このメインストリート沿いの雑居ビルの外回り清掃を頼まれた!

3段式のローリングタワーを組んでやれ!という無謀な計画!

で、とりあえず借りてきたローリングタワーを一段組んだとこで異変に気付いた。

現場は勾配が結構あるのに水平を保つジャッキベースも無いし、
アウトリガーも無い危険極まりないチープな装備で、
これで3段も組んだら倒壊して新聞沙汰になること必至!!

おまけに半端無い人どおりでどうしろと???

で、社長に「これじゃ無理!通行人に迷惑掛かるし!」と言ったら、

「去年はヤクザもんに汚水掛けて因縁付けられたよ。ワハハ!」

アホかお前!そんなんやったら家で酒飲んどらんとお前が陣頭指揮とれや!
兎に角俺は人通りが少なくなる朝の5時まで待機する!
余計な人員はローリングタワー撤収してから帰してやってくれ!

と、餃子の王将片町店でその時間までビールを飲んで過ごした。
相棒はビビリ性なんでアルコールは一滴も飲まなかった。

AM5時、事前に仕込んでおいた8尺の脚立に足場板をかませて、
ロングポールも駆使して2人だけでノルマをこなした。

AM6時、交代要員がやってきて今度はビル共用部のクリーニング。
自分らの任務を果たして帰ろうかと思ったら、まだ残って仕事してくれだぁーーー???

約束が違うやろと相棒が嘆く。

そしたら、「お前ら酒飲んどるやろ?」とクソ社長がほざく。

酒吞んどろうが何しとろうが任務は無事に果たしたやろが!!
お前こそ酔っ払って家で寝とる暇あったら現場に来いや!社長やろが!!

安全管理もクソも無い無謀な仕事させといて、
なーにが酒飲んだやろってか?(※飲酒運転はしてない)

ばーか!
クソの役にも立たん烏合の衆を頭数だけ揃えりゃいいってもんやないやろが!

日本語の読み書きも出来ない人やら、
使用洗剤の区別もつかない人やら、機械操作も出来ない人ばっか・・・・・

この事件以来、このビルメン会社に段々と愛想が尽きてきた。。。。。

何でオイラはここまで我慢してまで頑張らなくてはならないんやろう????

当時のオイラには、我を犠牲にしてでも護るべき対象があった。

だから、理不尽とは思っていても無理して仕事してたんやろうな。

無謀な作戦で兵士を犬死させるような大将はクソと一緒!

やるなら先陣切って逝けよ!

誰も付いて来んと思うけどな!

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by ryushi7777 | 2013-09-14 17:39 | 掃除屋日記 | Trackback | Comments(0)

覚えて慣れる事

30代半ばの頃に会社を辞めてブラブラしていた時、
親戚が経営してる工場に遊びにこないか!?と声が掛かった。

最初の条件は、
毎日昼飯を食わせてやるから毎日遊びに来い!
という意味不明な条件やった(笑)

でも、ただ毎日ブラブラして社長の話相手ばかりじゃ手持無沙汰になってくるんで、
何か仕事をくれと言ったら、工場内の改善を考えてくれと言われた。

当時そこの従業員は50名ほどいたんやけど、
96%が女性ばかりの職場やった。

別にスケベ根性からではやないんやけど、
従業員からの不満を聞くために、オイラも食堂で一緒に昼飯を食べようか?
と、社長に提案したら、「その必要はない!」と言われた。

従業員と同じ目線で物事を考えて欲しくないという理由からと、
オイラがそれをやると、幹部社員の存在を否定することになるからだった。

工場内のシステムが大体分かってきた頃に、
流れでその工場へ正社員として入社することになった。。。。。

某大手ブランドの女性用ショーツを作ってる工場やった。

色々あって、裁断の工場長が突然辞めていったので、
否応が無しにオイラはその後釜を任されるようになった。

右も左も分からん状態やったんで失敗の連続で、
会社にもかなりの損害を与えて凹む毎日が続いた。

それでも給料はちゃんと貰えた。

辞めていった先任の工場長の3倍の月給を貰っていた。
それでも以前勤めていた会社の年収からしてもかなり少ない方やったけど、

先任の工場長は少ない月給でずっと我慢してたのを、
オイラが来た事に腹を立てたのか?ようやくこれで解放されるのか?と、
とにかく突然辞めていった。

でもまぁ、おらん人間の事考えても意味がないんで、
後は残された自分がやるしかないんである。

お前には給料を3倍払ってるからと、社長から言われたことは一度も無い。

ただ、前の工場長はそれだけの仕事しかせんかったから、
それだけの給料しか払わんかった。とだけ聞かされた。

職場までは片道1時間、交通費なんてものは支給されない。
唯一の楽しみは当時乗っていたスタリオンでのドライブ通勤やった。

幹線道路では当日仕事の段取りをイメージしながらのんびりとドライブして、
人通りの無い峠道に入ると攻撃モードで自らの士気を高めた。

帰って来てからも自宅で酒を吞みながら報告書を自前のパソコンに打ちこんで、
今想えば当時の睡眠時間は結構短かったような気がする。

滅私奉公という言葉に近かったかも?

自分が休むと代わりが居ないんで、
それこそ風邪を引いてる暇も無かった。

でも、慣れてきたら暇を見つけては趣味の時間を作ることもできるようになった。
何事も慣れ(経験値)やね♪

やがてその工場を去ることになって、
この後どうなるんやろう?オイラが抜けて工場は大丈夫なんやろうか?

と心配してたら、「おらん人間のことは当てにせんから心配すんな」と、
社長からそう言われて、スッパリと辞めてきた。


長々と打ったけど、結局何が言いたかったかというと、

経営者以外の宮仕えは、会社の利益なんて考える必要は無いのよ!
という事。

出世したけりゃ話は別やけどね。(笑)


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by ryushi7777 | 2013-09-07 02:26 | いろんな仕事 | Trackback | Comments(1)

富山県高岡市で活動する掃除屋の一人親方が綴る思いつき日記です。こんなオイラに仕事を頼んでみたい人は、下記相互リンク内にあるワールドサービスのHPをご覧ください♪


by ryushi7777